私の小・中学校時代は、半分が木造校舎で半分がコンクリート構造の建物でしたが、音楽室はすべて木造でした。
床や建具は全て木材で、壁の一部には穴開きボードが、天井には吸音化粧板が貼り付けられ、オルガンやピアノは、板張りのステージに置いてありました。
その音色は素朴で温かいものでした。それが当たり前のような環境に育ったので、音楽室は「木造」という意識 が常にありました。防音設計の道に入ったときから、木造の活用が音響・遮音対策の重要なポイントでした。

一方で、業界では金太郎飴のようなボックス型の防音室が主流であり、窓業者が二重サッシュにすれば防音室ができると平気で誇大広告をぶち上げる状況に腹立たしく思い、自分で設計施工して手掛けるようになりました。
前章で述べたようにマンション案件を手控える一方で、木造住宅などの相談案件が増え、いつしか楽器防音室においても木造家屋が大半を占めるようになりました。

序章:マンション編 > 第2章:木造防音室に取り組む > 第3章:薄いコンパクト防音の追及

木造の音響・防音設計専門家の不在

大学などの建築教育においては、音響・防音設計だけでなく、木造家屋についてもほとんど学ぶカリキュラムがなく、設計課題においても木造住宅の構造・デザインを習得する機会はないと言っても過言ではありません。建築史で木造建築の講義はありますが、設計デザインの実習はほとんどなく木造建築は軽視されています。
このため、若い建築士だけでなくベテラン建築士も木造の防音設計は理解していません。

大学の音楽室やスタジオ防音室を設計した経験のある建築士でさえ、発泡材が吸音材であると勘違いし、障子に遮音効果があると思い込むなど笑えない実情があります。まして、音の周波数と建築材料の関係を理解できる専門家は極めて少なく、専門業者でさえ、質量則のみにこだわり力任せの防音工事を行っています。
中には、木造床に高密度グラスウール又は防振ゴムを敷きコンクリートパネルを積み重ねたり、モルタルを流し込む湿式浮床工法を適用する愚かな業者もいます。これでは床組や束が持ちこたえることができず歪みます。床下換気を潰すと木部の劣化が早まり、建物の寿命が短くなります。
音響・防音対策以前に問題となる施工を提案するような業者もいるなど、木造の構造や特長を無視するかのようなお寒い業界です。

窓業者にいたっては、木造の壁と窓の遮音性能がほぼ同レベルであることを知らずに、窓だけ二重にして防音室を作ろうとします。大半の音が壁などから漏れていくのは言うまでもありません。

これらの建築業者や建築士は音響・防音設計の基本すら学んでおらず、木造住宅などの特長を生かすという視点がなく、木造は遮音性が低い建物という前提のみで考えています。
木造は固体音などを吸収したり吸音するという特長があり、これがコンクリート構造とは明確に異なる点です。剛性は木材で補強することができ、非常に改造しやすい建物です。この点を認識したうえで防音設計を行うことが重要です。

木造には適した防音材・工法がある

防音職人は、マンション編でも述べたように「遮音」「制振」「吸音」の3つの機能を基本に忠実に複合化することにより、防音構造を構築することが設計・施工の基本だと考えています。
木造も同じであり、構造的な特長や弱点を踏まえて、これらの機能をいかにして効果的に施工するかが重要であり、新築の場合は配置・空間計画を調整する中で費用対効果や建物の安全性・耐久性を重視することが、木造家屋を生かすことにつながります。

たとえば、木材で床や壁の剛性を補強すると制振性が高くなり、防音効果も増します。同時に吸音性のある木材を面的に使用すると音響調整ができ、落ち着いた楽器の音色を体感できます。演奏者の好みや防音室の広さに応じて検討する必要があります。

また、防音材は木造と相性の良いものがあり、これらを効果的に組み合わせることが設計・施工の腕の見せ所だと思います。これは実践経験によって磨かれていくものです。一朝一夕では理解できない体感できないものです。
*参考:木造防音室なら改善できる

遮音設計マニュアルの補正とコインシデンス抑制

剛性の高い硬質の建材(石膏ボード、パーティクルボード、硬質シージングボード、ALC、ガラスなど)には、ある複数の周波数において著しく遮音低下する現象「コインシデンス」が起こります。それが弱点です。
この点を具体的に指摘して対処方法を示している設計マニュアルはなく、現場経験と個別の建材の特性を調べて調整したり、試験データを入手するしか方法がありません。
補正するための防音設計を確立するには、いろいろな要因を総合的に検討し、現場や依頼者の体感報告をもとに分析する必要があります。

たとえば、グラスウールと石膏ボードのみを重ねて施工すると、低い音域と高い音域の周波数帯において音漏れが目立つようになりますので、厚さを大きくとっても防音効率は低く、音響的にも反響がきつくなりやすく楽器防音室には向かない構造となります。これに鉛の遮音パネルを併用すると音響的に反射音が大きくなり音環境は悪化します。これはコインシデンスと素材の特性などから起きる現象で、部屋が狭くなる割には防音効果も音響も無駄が多く調整しにくい、使いにくい防音室になります。

これらは実践的に経験するだけでなく、建材の特性を事前に研究していくことが必要であり、木造の特長を台無しにするリスクを避けるだけでなく、木材と防音材の相乗効果を期待できるような比較的軽量な対策が木造の防音設計には要求されると理解すべきです。
同時に担当した現場の効果などを補正するための経験値としてストックすることが、さらにより良い楽器防音室を造ることにつながります。
私はそのように考えて20年間、歩んできました。完璧な設計施工はありませんが、限られた予算と空間の中で費用対効果などを追及していきたいと思います。
次章では理想とする設計仕様・施工について述べています。→コンパクト防音